エロゲー全般のSS投稿スレです。あなたの作品をお待ちしています。
エロエロ、ギャグ、シリアス、マターリ萌え話から鬼畜陵辱まで、ジャンルは問いません。
そこの「SS書いたけど内容がエロエロだからなぁ」とお悩みのSS書きの人!
名無しさんなら安心して発表できますよ!!
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1.テキストエディタ等でSSを書く。
2.書いたSSを30行程度で何分割かしてひとつずつsageで書き込む。
名前の欄にタイトルを入れておくとスマート。
なお、一回の投稿の最大行数は32行、最大バイト数2048バイトです
3.SSの書き込みが終わったら、名前の欄に作者名を書きタイトルを記入して、
自分がアップしたところをリダイレクトする。>>1-3みたいな感じ。
4.基本的にsage進行でお願いします。また、長文uzeeeeeeと言われる
恐れがあるため、ageる場合はなるべく長文を回した後お願いします。
5.スレッド容量が470KBを超えた時点で、
ただちに書き込みを中止し、次スレに移行して下さい。
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過去スレ >>2-4辺り
再び春姫が目を覚ましたとき、彼女は自分の両頬がひどく痛むのに気が付いた。
「……なんでこんなに腫れてるんだろ?」
「風邪でも引いたんじゃないか?」
酷い男だ小日向雄真。
それはともかくとして、雄真は春姫にみたびその衝撃の台詞をぶつけた。
今度も春姫は気を失いかけたが、さすがに二度の経験から寸でのところで食い止めた。
ただそれでも、彼女の動揺までもを食い止めることは出来なかった。
「そ、それってどういうことなの!?」
「い、いや…どういうことも何も、言葉通りの意味だけど…」
春姫の物凄い剣幕に身構えながらも、素直に答える雄真。
春姫はこの男では埒があかない(惚れた男に酷い言い草だ)と、魔法の勉強を始めて以来の相棒に話しかけた。
「ソプラノ! これはいったいどういうことなの!?」
『どういうことも何も、雄真様の言葉通りですが?』
――チィッ。こいつもか。
ならばとばかりに春姫はその場にたまたま居合わせた第三者……午後の授業をサボって屋上で昼寝をし、そのまま放課後まで眠り続けて現在にいたる校内一の不良・斉藤君(仮名)に詰め寄る。
「斉藤君! これはいったいどういうことなの!?」
『は、春姫、斉藤様が答えられるはずないではありませんか…』
落ち着き払ったソプラノの正論も、今の春姫には届かない。
そして斉藤君もまた……
「どういうことも何も、小日向のやつが言ったとおりだぜ」
「――って、何でお前が事情を知っているんだよ!」
いったい何者だ!? 斉藤君(仮名)!
しかしそんな雄真やソプラノ、読者に加えて、作者すら思う疑問を無視し、斉藤君は言葉を続ける。
「小日向と神坂のマジックワンドが互いに好き合っているのは誰が見ても明らかだ。そんな正式に恋人同士になりたいって思うのは、当然の成り行きだろうが。そのとき、マジックワンドの持ち主の神坂に、許可をもらいにいかないでどうするよ? …つまり、そういうことだ」
本当に何者だ!? 斉藤君(仮名)!!?
「雄真君、斉藤君が言ったことは本当なの!?」
「あ、ああ……。春姫には黙ってて悪いとは思っていたけど、ソプラノと俺は前々からその……つ、付き合っていたんだ」
頭をハンマーで殴られたようなショックが、春姫を襲った。
その衝撃力、物理的運動エネルギーに変換して一平方メートル辺り10t!
ふらふらとよろめきながら、しかしなおも正気を保って、春姫は雄真に激しく問う。
「で、でも分かってるの? ソプラノは女の子だけど、マジックワンドなんだよ? 人間じゃないんだよ!?」
「分かってるさ! そりゃ、最初はそのことで悩んだりもしたけど……でも、やっぱり俺はソプラノのことが好きなんだ! ソプラノじゃなきゃ駄目なんだ!!」
『雄真様……』
支援、足りてる?
一平方メートル辺り20tに増加!!
さしもの瑞穂坂学園始まって以来の才媛・『Class“B”』魔法使い神坂春姫も、この精神的打撃には膝を屈せざるを得ない。
そして対照的に、雄真の男気あふれる発言にソプラノは感極まった様子だ。
『雄真様、私はあなたに一生着いていきます』
「ソプラノ……」
「見直したぜ小日向。俺はお前を優柔不断な野郎だと思っていたが、お前、やるときにはやる男だったんだな!」
見詰め合う男と女(マジックワンド)。そして謎の男・斉藤君(仮名)。
一方、頭に20tの錘りを乗せ、煙を上げる春姫の心はズタボロである。
(あ、杏璃ちゃんやすももちゃん達に取られるのは仕方がないと思ってた。みんな良い娘だし、わたしも大好きだから、雄真君が誰を選んでも祝福してあげるつもりだった。
準さんは……男の人だけど、雄真君を想う気持ちは本物だったから、諦める気にもなれた。けど…けど……!)
がらがらと崩れ落ちていく大切な何か。
そして彼女は、静かに言葉を紡ぐ。誰にも聞き取られないよう小さな声で、しかし確実に、一語一語を丁寧に、ありったけの想いを篭めて。
「エル・アムダルト・リ・エルス……」
「え? なんだって春姫? ソプラノと俺とのこと認めてくれるのか?」
「……ディ・ルテ・エル・アダファルス!!!」
「え――――――?」
収束する魔力!
熱量を増す大気!
『Class“B”』魔法使いである以前に、ひとりの女である春姫の放った初級魔法が、膨大な威力を伴って空気を焦がす!!!
打ち放たれた火砕流は雄真の鼻先数センチのところを掠めていき、背後にあったコンクリートブロックに炸裂した。
マジックワンドを介さず直接放たれた炎は小さく、糸のように細い。しかし、それだけに篭められた魔力の密度は濃く、ピンポイントに狙われた雄真はたまったものではない。
“ドロリ…”と、粘性を有した液体がモダンな造りの魔法科校舎の屋上を汚す。
春姫の放った火炎魔法によって融解し、固体から液体に戻ったコールタールだ。
「……は・る・ひ?」
“ギギギ……”と、油の切れた機械のように鈍い動作で首を回す。
少年の視線の先には――――――口から“何か”吐き出している鬼がいた。
「フー…フー……フー……!」
「春姫が壊れたー!!」
壊したのはお前だ、小日向雄真。
「――って、人を鬼畜系18禁ゲームの主人公みたいに!」
壊したのはお前だ、小日向雄真。
それはともかくとして、雄真にさんざん心を弄ばれ、好き放題にされた挙句の果てに壊れてしまった春姫
の暴走は、時間が経過するとともにより悪化していった。
「ユウマクンハワタシノモノユウマクンハワタシノモノユウマクンハワタシノモノ……」
なにやら物騒な台詞を口にしつつ、魔力によって精製された破壊の光を撒き散らしながら雄真に迫る春姫
。
「ま、待つんだ春姫。落ち着いてくれ。お前はもうよくやった。だから山に帰れ……」
そして気が動転してなにやらわけのわからない喚きを吐き出す雄真。
恋する乙女と少年の心の距離は、どうやら今は天と地ほどの隔たりがあるようである。
「ソプラノニハワタサナイソプラノニハワタサナイソプラノニハワタサナイ……」
『春姫、雄真様を物扱いするのはおよしなさい。雄真様はあなたの所有物ではないのですよ!』
「ソプラノ…サンキュ。ソプラノが俺のことをそんなに想ってくれてるなんて……嬉しいぜ」
自分では移動の出来ないソプラノは、雄真に抱きかかえられる形で逃走中だ。
これが普通なら男と女が見つめ合い、抱き合っている構図になるのだろうが、傍目にはとても音楽のセン
スがあるように思えない少年が、奇妙な形をした管楽器を抱きながら走っているようにしか見えない。
だが、心を通い合わせる当の本人達に、そんな周りの目は関係ないようである。
追う春姫と追われる二人。
しかし追われる二人の視界には、追う鬼の姿はあっても、意識の中にはなかった。
雄真にはソプラノしか目に入らず、ソプラノには雄真しか目に入らない。
その様子を一言で形容するならバカップル。
禁断の愛に手を染めながら、許されぬ恋に身を焦がしながら、雄真はソプラノを、ソプラノは雄真を想い
、互いの熱を求める。
大切な人を守るために、雄真は必死で足を動かす。
大切な人を守るために、ソプラノは必死で主の説得を試みる。
しかし鬼は、そんな二人の愛にむしろ憎悪を抱き、嫉妬の炎を燃やした。
春姫は次々と攻撃魔法を繰り出しながら、屋上を駆け抜けた。
マジックワンドを介さずして放たれる魔法の威力・精度は、魔力の消耗とは裏腹にむしろ向上している。
ここにきてその恐るべき執念、恐るべき愛憎。
今の春姫ならばゲーム本編でさんざん苦戦した伊吹との戦闘も、難なく勝利出来るだろう。
「エル・アムダルト・リ・エルス……」
壊れかけの彼女がトドメとばかりに撃ち放つは春姫が最も得意とし、最も最初期に習得した初級魔法。彼女が魔法を目指すきっかけを作った、思い出の魔法。
「……ディ・ルテ・エル・アダファルス!!!」
掌から溢れ出る炎の舌が、煉獄の火砕流が、今再び愛する少年を管楽器の魔手から救わんと、大気を引き裂く。
そのとき、背を向けて逃げる二人の背後を守るかのように、ひとつの影が飛び出した!
「させるかぁッ!」
斉藤君(仮名)だ!!!
襲いくる灼熱の業火に立ち向かい、斉藤君は勇敢にも正拳を突き出す。
「うおおおおおお――――――ッ!!!」
次の瞬間、打ち出された鉄拳と火炎がぶつかり合い、爆発した。
「うあああああああああああッ!!!」
斉藤くーん(仮名)!!?
爆発の衝撃で斉藤君の身体が吹き飛び、きりもみになり、魔法科の校舎の屋上から、校庭へと真っ逆さまに落ちていく。
「斉藤ぉ!」
『斉藤様!』
雄真とソプラノの絶望の悲鳴が同時に上がった。
二人は春姫から逃げなければならない状況にあることも忘れ、慌ててフェンスへと駆け寄った。
薄い金網の壁一枚を隔てたその先で、斉藤君は……
「まだ…まだだぁぁぁぁぁぁあああッ!!!」
……飛んだ!
落下の最中重力に逆らい、くるりと一回転。地面に着地するかと思いきや、斉藤君はそのままグランドを蹴る。そして……
「おおおおおお――――――ッ!!!」
凄いよ斉藤君。君、出る作品を間違えているよ。
天高く舞い踊った昇竜は、沈みゆく夕日を背に空で躍る。
玉のような汗が夕焼けに染まった空へと飛沫を散らし、男は愛を誓い合う二人を守るために、暴走する鬼に立ち向かう!
「しゃいいいッ!!」
……夕日に照らされ校庭に下りる2つのシルエット。
男の影は女の顎を打ち、女の影は男の胸を突く。
男は……
そして女は…………
翌日。
いつものように朝、準やハチといったお馴染みの面々と待ち合わせをしていると、唐突にすももが言った。
「そういえば兄さん、朝から訊きたかったんですけど…兄さんが背中に背負ってるのって、姫ちゃんのマジックワンドですよね?」
「ん? ああ、そうだ。……実は、昨日春姫から頼まれてな。今日は一日忙しくて、毎日の掃除も出来そうにないからって、ウチに泊まっていってもらったんだ」
「そうだったんですか。…あれ? でもそれだったら預かっていた……って、言った方が適切じゃないですか?」
「おいおい、ソプラノを物扱いするなよ。マジックワンドって言っても、俺たちと同じでソプラノにはちゃんと人格があるんだ。そんな他の物と一緒の扱いをするな」
「あ! たしかにそうですよね……すみません。ソプラノさん」
『いえいえ、いいんですよ。すもも様』
しゅんと肩を落として謝罪するすももに、ソプラノは優しく語り掛ける。
『雄真様はああ言ってくださいますが、私は所詮“物”に過ぎませんから』
「そんなことないですよ!」
ソプラノの自虐を含んだ発言に、雄真が反論するよりも早く、すももがきっぱりと言い切った。
「ただの“物”がそんな風に自分について考えますか? ただの“物”がさっきわたしにしてくれたみたいに人を慰めてくれますか?
ソプラノさんはただの“物”なんかじゃありません! わたし達と同じように考えて、喋れる、人間です。ソプラノさんはわたしの大切な友達です!」
『すもも様……』
ソプラノは思わず言葉を失った。
マジックワンドを人間だと言い、友達だと言う彼女……なんと青臭い意見だろう。所詮マジックワンドは魔法使いより効率良く魔法を行使するために生み出した“道具”に過ぎない。自分達が持つ心は、人に作られた偽りのものだ。
けれど、それをあくまで真っ直ぐな瞳で、真摯な態度で言う彼女の姿、その言葉は、そんなソプラノの作られた心に大きく響いた。
『……やっぱり兄妹ですね』
ソプラノの口……トランペットを模した彼女の冷たい唇から、優しげな呟きが漏れた。
自分のことを愛してくれた少年と、自分のことを人間と呼んでくれた少女は、兄妹ではあるが血は繋がっていない。
しかし、二人はまるで本当の兄妹のように似通った部分がある。
おそらく、血の繋がり以上に確かな心の繋がりが、二人を似せたものにしているのだろう。
ふと二人の方を向けば、自分の呟きの意味が分からずに、キョトンとした顔をしている。
『いえ…以前、雄真様も同じようなことを言ってくれたものですから』
「兄さんが?」
『はい…』
目を丸くして聞き返してくるすももと、何か思い当たる節があったのか、突如顔を真っ赤にする雄真。対照的な二人の反応に自身偽りと認識している心の中で苦笑する。
あれは、そう……彼が自分のことを好きだと言ってくれた日のことだ。
あのときの事を思い返すと、与えられた名の通りの自分の声色は、さらに高く、優しい歌へと変わる。
あのときの事を思い返すと、ないはずの胸が幸せな気持ちでいっぱいになり、気分まで優しいものになる。
『……私は幸せ者ですね。春姫だけでなく、雄真様やすもも様のような優しい人達に囲まれて』
黄金色のマジックワンドは優しく微笑んで、歌うように美しい声で言った。
本当に自分は果報者のマジックワンドだ。
こんなにも優しい人達に囲まれて、こんなにも優しい気持ちになれて。
こんなにも、愛しい人が傍に居てくれて……。
すぐ傍に雄真の背中の広さを、心臓の鼓動を、彼の吐息を感じながら、ソプラノはひとときの安息を覚える。
春姫と一緒に過ごすときとはまた違った、嬉しさの混じる安らぎだ。
遠くの方から、聞き慣れた声が聞こえてきた。
どうやら、愛しい彼の友人達がやってきたらしい。
ソプラノはすももに挨拶をする、いやらしさを感じさせる男の声を聞きながら雄真の鼓動を聞き逃すまいと、耳を傾けた。
「……何の騒ぎだ?」
瑞穂坂学園を象徴する二つの校舎の外壁が見え始めた頃、それまでにもざわざわ聞こえてきたいつもより大きめの周囲の喧騒は、校門の前まで来るとひとつの群集が発しているものであることが分かった。
人々の群れの中からは悲鳴と怒号、どよめきがひとつの音楽隊をなし、指揮者不在の楽曲は統制のない不協和音を奏でている。
そん中、回転する赤色灯と白いボディを見つけた準は、「何か事故でもあったのかしら?」と、ひとり呟いた。
やがて群集の列に変化が生じた。
どよめきがより大きなものとなり、黒い群れの中から「どいてください!」と、切羽詰った男達の声が飛んでくる。
校門の辺りに密集する野次馬達が道を開け、救急隊員が担架を持ってやってきた。
軽金属の合金パイプと厚い繊維で出来た神輿には、ひとりの少年が、見るも無残な重体が運ばれていた。
「あれは……!」
「いやぁ!」
黒い制服に身を包んだ二人が息を飲み、特徴的なデザインの制服に身を包んだ二人が悲鳴を上げた。
担架に付き添うように走る少女の声が、周りの喧騒をものともせず、むなしく響く。
「斉藤君(仮名)! ねぇ、しっかりしてよ斉藤君……!」
担架の上には、満身創痍の様子で意識不明の状態にある斉藤君の姿があった。
丈夫な生地で作られているはずの学生服はぼろぼろで、とくに胸の部分は完全に焼け焦げて、彼の厚い胸板に二度の火傷を負わせている。おそらく、よほど強力な火災に巻き込まれたのだろう。
「くそッ! いったい誰がこんなことを!!」
不良の斉藤君の唯一の友人が、はけ口のない怒りを校舎にぶつける。
殴った拳は赤く腫れ、しかしそれ以上にその顔は真っ赤だった。
「クショウ…チクショウ……!」
少年の呻きと悲しみは校舎を揺らし、少女の悲鳴は六月のじめじめとした大気をより陰惨な雰囲気へと狂わせる。
それを傍観しながら雄真は、
(クソッ! いったい誰がこんなことを!!)
……昨日の出来事を、さっぱり忘れていた。
どうやら一晩寝て、自己防衛本能がはたらいたらしい(コイツもか)。
“バタン”と、救急車のドアが閉じ、赤色回転灯が唸りを上げる。患者を乗せた自動車は、公道を急げる限りのスピードで校門前から去っていった。
残された者達の心には動揺と悲しみ、そして……
「クショウ…チクショウ……!」
やり場のない怒りだけが残留していた。
斉藤君が救急車で搬送されたというただ一点を除けば、本日も瑞穂坂学園の一日はいつも通りの日常の下始まった。
ただし、悲しいかな当の斉藤君が籍を置く普通科二年A組だげは、本日の欠席者三名という悲しい始まりを迎えてしまった。
欠席したのは今朝、魔法科の屋上で重体で発見された斉藤君と、彼の幼馴染で、不良の彼といちばんに仲の良い少女。そして連絡不届けの欠席をした神坂春姫。
(……斉藤達はともかくとして、何で春姫まで)
昨日の記憶を一晩で綺麗さっぱり忘れ去った雄真は、優等生・神坂春姫の無断欠席の報に首を傾げていた。
補足すると雄真はまだ普通科の教室で授業を受けている。九月から魔法科に転科する予定の彼だが、六月の今はまだ慣れ親しんだ学び舎の中にいた。また、魔法科の校舎での授業は同じく九月からなので、柊杏璃や上条兄妹といった魔法科の面々も、未だ同じクラスメイトである。
雄真はエロゲー主人公のたしなみ……教室最後尾、窓際の座席にて、古文の授業を聞き流しながら、ぼうっと窓の外を眺めていた。
側の壁には、春姫が欠席ということでそのまま持っていることになったソプラノが、陽気に照らされ立てかけられている。
考えることは色々あった。
欠席した春姫のこと。斉藤君をあんな目に遭わせた犯人のこと。それから……魔法のこと。
魔法科への転科まですでに三ヶ月を切っている。目下必死に勉強中ではあるが、数年ものブランクを抱えた身では、正直周りに着いていけるかどうか不安である。
それに……
(……やっぱり、もっと高度な魔法を使えるようになったら、マジックワンドを作らなくちゃならないのか?)
マジックワンドは魔力の増幅器。
より高度な魔法を行使しようとするのなら、一流の魔法使いにとっては必需品である。
(けど、なあ……)
傍らのソプラノにチラリと視線をやる。
正直、あまり考えたい内容の話ではない。
今朝、すももが言ったようにマジックワンドはただの道具ではない。人格を持ち、思考力を持ち、持ち主と常に時間をともにする、いわばパートナーなのだ。
(パートナーって、ソプラノ以外に考えられないんだよなぁ…)
一緒に同じ時間を過ごしたい。一緒に同じものを見て、同じことを考えて、同じ道を歩んでゆきたい。
たとえそれが、茨の道であったとしても。
(パートナー…か……)
記憶の糸車を回し、雄真は過去へと意識をかたむける。
自身言うとおり、所詮道具でしかないマジックワンドに、何故自分がこんなにも惚れ込んでしまったのか。
その、道程の記憶を……
……道具でしかないはずの彼女。
そこに魅力的な女の顔を見つけたのは、そう、まだ四月の始め頃で、普通化の生徒にとって魔法科の生徒が珍しかった頃のことだ。
会話の流れで春姫達のマジックワンドの話になったとき、ハチがふざけてソプラノに触ろうとして、彼女が身を震わせたとき。
あのとき、自分初めてマジックワンドを生きた存在と意識した。
ハチに怯えるあのときのソプラノの様子は、まるでクラスメイトの他の女の子達同然で、マジックワンドはただの喋る道具ではない…と、改めて認識させられた瞬間だった。
小動物のように震える彼女を可愛いと思い、春姫の前ではそれこそ本当のお姉さんのように振る舞う普段とのギャップから、思わずドキリとしてしまった。
そしてやってきた、『式守の秘宝』とそれにまつわる過去の因縁、あの事件。意識的に魔法を遠ざけていた自分に、初めて真剣に魔法と向き合う機会をくれた、一件。
今となっては人生万事塞翁がなんとやらで……良い経験をしたものだと思える。
だが、渦中の当時は緊張に次ぐ緊張、息吐く暇もなく流動する状況に翻弄されて、他の事を考えるあまり余裕はなかった。
また、春姫も、杏璃も……事件に関わっていた人間は、誰しもが少なからず悩みを抱えていて、雄真同様余裕がなかった。
そんなときに雄真を陰ながら支えてくれたが、ソプラノを始めとするマジックワンドの皆だった。
“物”でしかないはずの彼らは苦悩する主人達を、あるときは言葉で慰め、悩みを聞いてやり、心を癒し、支えとなるよう努力した。
特にソプラノの存在は雄真にとってもまたお姉さんのような存在であり、一緒に居るとなぜか心が安心出来る……そんな不思議な気持ちにかられるほどだった。
だがそのときはまだ、ソプラノのことは好きではあったが、それは男が女に向けるようなそれではなく、家族が同じ家族に向ける……もっと言えば、弟が尊敬できる姉に向ける、憧れと恋慕の混じった、初恋にも似た“好き”だった。
(…ははっ。これじゃ準の言葉を否定出来ないじゃないか)
親友の言うとおり、やはり自分はシスコンの気があるのかもしれない。いや勿論、ちっちゃい方へではなく、大きい方へはたらく気持ちだが。
意識がはっきりと変わり始めたのはいつぐらいからだったか。
多分あの事件の終わり頃には、もう彼女を……彼女達マジックワンドを、“物”として見られなくなっていたように思う。
けれど、それでも、愛しているほどの、強い感情はなかった。
初恋の少女にも抱かなかったほどの強い想い…それを抱いたのは、いつだったか。
(……あのとき、か)
魔法科への転科。その決意を固めたとき、雄真には不安があった。
はたして、魔法から逃げ出して数年が経つ自分が、高度な魔法科の授業に着いていけるかどうか……かえって周りの人間に迷惑をかけ、足を引っ張ってしまうのではないか。
その不安は、魔法科への転科までの間、春姫達が勉強を見てくれることになって多少は軽減していたが、依然として彼の心に重く圧し掛かっていた。
そして、それを取り除いてくれたのが、他ならぬマジックワンドだった。
『雄真様は魔法を始めたばかりの頃の春姫に似ています』
勉強の合間、先生の用事で春姫が席を離れたときに言われた言葉が鮮明に蘇る。
『春姫は今でこそ瑞穂坂始まって以来の才媛なんて呼ばれていますけど、本当は魔法の才能なんてほとんどなかったんです』
その言葉に、どれほど心を元気付けられたことか。
『それがあの歳で『Class“B”』の称号を与えられたのは、すべてあの娘が努力した結果です』
その言葉に、どれほど心を癒されたことか。
『…だから雄真様も、努力すればきっと大丈夫ですよ』
優しく微笑む彼女の歌声を、どれほど美しいと感じたことか。
『不安を抱えていない人なんていませんよ、雄真様。不安と一緒に、頑張っていきましょう』
あのときほど、自分は彼女に感謝の念を抱いたことはなかった。
自分の悩みを聞き、不安を知ってくれた。
暗い自分の心を励まし、目の前の不安を取り除いてくれた。
雄真はそのとき、彼女に感謝してもし足りぬほど、大切なものをたくさんもらったのだ。
そしてそのとき、同時に雄真は思った。
ソプラノの歌声に癒され、元気付けられながら、彼は自分の得たこの安らぎを、いつか彼女にも分け与えてやりと。
いつか、自分も彼女を優しさで包み込める男になりたいと。
“物”でしかない彼女。
“物”でしかないはずの彼女。
けれど、確かに心を持った、生きた存在である彼女。
自分に安らぎをくれ、自分に優しい時間をくれ、自分を幸せな気持ちにしれくれた。
そんな彼女に、自分も何かしてやりたいと。
そんな彼女が頼れるような男に、なりたいと。
そう、強く思い、そんな理想の自分を、強く願った。
……おそらく、自分はあのときから、マジックワンドの彼女に恋をしていると気付いたのだろう。
そしておそらく、自分はそれ以前からソプラノに、恋をしていたのだろう。
そう思うと、雄真の口元は自然とにやけてしまう。心の中に幸せな気持ちと一緒に、誇らしさすら湧き上ってくる。
自分の惚れた女は、確かに人ではない。
けれど、世界でいちばんの女だと、確信できる。
俺は世界有数の幸せ者だ。
ソプラノのことを好きになって、ソプラノに恋をして、ソプラノを愛して……ソプラノと結ばれた。
世界でいちばんの女のことを好きになって、恋をして、愛して、結ばれたのだ。
こんな幸せなことが、他にあるだろうか。
誰もが求め、誰もが欲しながら、実際はその一部しか手に入れられない望み……愛しい人との時間を、自分は得ることが出来たのだから。
どこまでも青い、透き通った天空を見上げながら、雄真は思う。
神様は俺に茨の道を歩むことを……辛い試練を強いた。けど、その試練を乗り越えた果てに、とても素敵なプレゼントをくれた。
ソプラノとの出会い……その魔法を、自分にかけてくれた。
「……俺は幸せだよ、かーさん」
ここまでの道程は決して平坦なものではなかったけれど、辛いことばかりの人生だったけれど、それでも、確信を以って言える。
雄真の小さな呟きは、蒼穹へと飲み込まれていった。
退屈な古文の授業にも、終わりの瞬間が近づこうとしていた。
壮年の教師は黒板に日本語とは到底思えないような文章をつらつらと書き並べた後、時計を見て、授業終了のチャイムが鳴るまで3分を切っていたことに気が付いた。
「……ちょうど切りの良いところだしな。今日の授業はここまでにしておこう」
眼鏡をかけた男の言葉に、教室中がどっと湧く。
その喧騒に導かれ、思考の闇へと意識を飛ばしていた雄真は、空から教室の中へと視線を戻した。
「……ん!?」
一旦は戻した視線を、再び校舎の外へと向ける。
栗色の瞳が見つめるその先には、普通科の校舎と向かい合う形で建つ魔法科の校舎……その屋上がある。
そして屋上には、ユラリ…と、不気味な、怪しい影が――――――
「いやああああああ――――――ッ!!!」
そのとき、雄真の頭脳がスパークした。
忘却の闇へと追いやったはずの記憶が鮮明に蘇り、恐怖が、絶望が、彼の心を支配し、生物の本能を揺さぶり、悲鳴を上げさせる。
魔法科の屋上に立つ影……それは紛れもなく、神坂春姫その人であった。
突然悲鳴を上げた雄真に、教室中が騒然とする。
「い、如何いたしたのだ雄真殿!」
最初に席を立ったのは武人・上条信哉。
彼は雄真の尋常でない様子から愛用の木刀にしてマジックワンド……『風神雷神』を手に取り、窓枠へと片足をかける。
そして、見た。
見てしまった。
ソレを。
見てはいけないものを。
「ぬ、ぬぅうッ!」
信哉の表情が、一瞬にして険しいものへと変わった。
自身魔法使いであると同時に優れた剣士でもある彼は、屋上に立つ人影放つ膨大な量の殺気を感じ取り、思わず木刀を八相に構える。
「あれは神坂殿か!?」
「え! 春姫ですって!?」
信じられないといった様子で杏璃が窓際に駆け寄る。
ツインテールの少女が視線をやったその先には……見慣れた、自分が親友と認め、ライバルと認める少女の姿はなかった。
「柊殿! 窓から離れろ!」
「え……?」
信哉の警告は素早かった。
しかし、それを聞く杏璃の反応は遅すぎた。
杏璃の視界が、突然何か黒いモノに遮られる。
頬に触れたその感触は柔らかく……それが女の手だと気付かされる。
「……エルートラス・レオラ!」
「って、その呪文はあたしの――――――」
杏璃の抗議は、最後まで続かなかった。
次の瞬間、彼女の小柄な体は宙を華麗に舞い躍った。
“グシャァア!”
“萌え”と“えっち”を大切にしているメーカーのゲームの二次創作とは思えぬ擬音が、教室を席巻した。
いつもはやかましいぐらいに騒がしい二年A組の教室を、沈黙が支配した。
そして窓を乗り越え、降り立つ幽鬼。
それは可憐な美少女の皮を被った、修羅だった。
「ふーふーふー。さあ、雄真君、お勉強の時間だよー」
春姫の声で、春姫の笑顔で、不気味に笑い、不気味に迫るソレ。
傍らのソプラノが、カタカタと震えている。
『は、春姫。いけません! 今のあなたを支配しているその力は、人間の手に余るものです!』
「ソプラノ? ……ああ、そう。あなたもわたしと雄真君の愛を邪魔するつもりなのね」
黒きオーラを身に纏いながら、ゆっくりと壁に立てかけられたソプラノににじり寄る春姫。
雄真は素早くソプラノを抱きかかえると、春姫から距離を取った。
「……雄真君?」
「は、春姫。落ち着くんだ。今はまだ一時間目が終わったばかりだし、魔法の勉強はいつも放課後に――――――」
「雄真君、何も言わずにソプラノを渡してくれないかな?」
雄真の言葉を途中で遮り、春姫はにっこりと笑った。
それは世界一の気難しがり家でも、思わず微笑み返してしまいたくなるような、満面の笑みだった。
「勉強をするんだから、その邪魔になるようなものは取り除かないとね♪」
「ええいッ、乱心なされたか神坂殿!」
雄真と春姫の間に、果敢にも木刀を構えた信哉が割って入る。
「事情は分からぬが神坂殿、雄真殿は今怯えている。そしてその原因が神坂殿にあるのは誰の目にも明らか。それ以上雄真殿に近づこうものなら、この『風神雷神』で斬り捨てる!」
「信哉……」
友を守るため、身を張って雄真を庇う武人・上条信哉。
その勇敢な姿と高潔なる魂に、雄真は感涙のあまり言葉もない。
「上条君……そっか、上条君もわたし達の邪魔をするんだね」
だが、そんな信哉の友を庇う姿も、昨日から暴走を続ける今の春姫の心を揺さぶるには至らなかった。
彼女は呪文詠唱を始め、掌に魔力を集中させていく。
それを見て、信哉はニヤリと笑った。
「フッ! いくら瑞穂坂始まって以来の才媛・神坂春姫殿といえど、マジックワンドもなしに放つ魔法が、この風神雷神に通用すると思ったかッ」
信哉のマジックワンドには強力な魔法に対する抵抗能力と、防御専門の結界をも無力化する攻撃力が宿っている。いかに『Class“B”』の魔法使いといえど、マジックワンドもなし放つ魔法では、その攻防を突破することは不可能だ。
だが、信哉のその確信は、もろくも崩れ去る。
「マジックワンドを持っていない? 本当にそう思っているのかしら……ねぇ、『パエリア』」
「な、なにぃ!?」
信哉の顔が、驚きに漂白した。
いつの間に手中に収めたのか、なんと春姫の手には、杏璃のマジックワンド……パエリアが握られていた。
『あああおおおううういいいあああ――――――』
「くっ! パエリアのやつ、春姫の魔力を送り込まれて人格を破壊されてやがる!」
純白の羽をどす黒く染め、バチバチと紫電を纏わせるパエリアを軽々と振るい、春姫は呪文を紡ぐ。
杏璃や信哉、ひょっとすると小雪すらも軽々とねじ伏せるだけの威力を持った、高位魔法の呪文を…。
「ア・グナ・ギザ・ラ・デライド……」
「馬鹿な!? 伊吹様の呪文だと――――――」
「信哉ぁ、油断するな!」
「ぬッ!」
自分の知りうる限り、この魔法を使いこなせた人間はたったふたり。そしてそのうちのひとりはすでに墓の下。
信哉は、何人もの魔法使いが自分のものにしようとしながら、己の主以外何人たりとも行使出来なかったその魔法の発動が近いことを知って、風神雷神に限界まで魔力を注ぎ、防御を最大にする。
結界という、密度の濃い魔力の障壁を斬割出来る雷神の攻撃力は、同時に防御力にも転換することが出来る。
「ラ・ディーエ!」
虚空に生まれる魔法陣。紫電の雷光を纏いし光の矢が、無数に、凄まじいスピードで、豪雨のように信哉に降り注ぐ。
「うおおおおおおッ! 父上、母上ぇ、俺に力を――――――!!!」
風の王が雨を吹き飛ばし、雷の王が矢を打ち落とす。
信哉は、
木刀を握る侍は、雲霞の如き爆撃を、真っ向から受け止める。
光の矢の数は確かに無数ではあるが、信哉の身体能力を以ってすれば躱せぬ数ではない。
しかし、彼はそれをあえて真正面から受け、防ぎ、捌いた。
そんな信哉の背後には、雄真がいた。
やがて一条の光線が、信哉の太刀捌きの間隙を縫って進み、彼の体を貫いた。
「ぐぅ…ガッ……!」
光の矢が命中したのは信哉の右肩。
利き腕の支柱を失い、彼の太刀捌きがわずかに鈍る。
そして剣風の嘶きが徐々に小さくなるにつれ、光の矢が次々と彼の体に炸裂した。
「うぐぉ…か……はぁ……ッ!」
「兄様!」
「信哉!」
ついに膝を着く信哉。
だがそれでも、彼は真っ直ぐ春姫を見据え、自分の身が傷ついていくのにも構わず、背後の友を守るために剣を振るう。
「うおおおおおおおお――――――ッ!!!」
ここで友を守れずして何の剣士か。何の剣術か。
十年前の“あの日”、自分には力がなかった。
そればかりか自分達の過失で、途方もない悲劇を招いてしまった。
母に会いたいという……親の愛を知る子であれば誰しもが思うその気持ちが、ひとりの命と、多くの人間の運命を変えてしまった。
さらにそんな過去を苦に思い、自分は間違った道を歩んでしまった。
その結果自分達は、さらなる悲劇を呼び起こしてしまった。
そしてその間違った道から、自分を真っ当な正しい方向へと連れ戻しくれた男が……今、自分の背後にいる。
(もう…もう、俺の目の前で悲劇を繰り返させはしないッ!)
あのとき、自分はあまりにも無力だった。
それが悔しくて力を得た後も、自分はその使い方を間違えてしまった。
そしてその誤った考えを諭し、正しい方向に導いてくれた友……
「ゆ…う……ま……殿はぁ――――――」
今一度両膝に力を篭め、もはや筋肉の千切れかけた両腕を叱咤し、信哉は立ち上がる。
そして彼は、今一度友を守るために、剣を振るう。
「俺が、守るッ!」
風神が、雷神が、竜巻を、稲妻を発する。
学校の教室という狭い空間に嵐が巻き起こり、信哉の魔力のすべてが、ひとつの方向性へと集束していく。
真剣にあって、模造の木刀にないもの……何か“切断する”という、その機能。
信哉の魔力が雷よりも素早く走る刃となり、風よりも軽い木刀の刀身部を包む。
「来るがいい! 神坂殿! これが、俺の――――――」
「……ラ・ディーエ!」
両眼を見開き、血を吐きながら咆哮する信哉。
相変わらずの壊れた笑顔を浮かべながら魔法を放つ春姫。
無数の光の矢がひとつにまとまり、圧倒的な光線の奔流となって大気を焼き尽くす!
それに立ち向かう男の刃が、閃光を放ち重力すらも切り裂く!!
ふたつの力が、ぶつかり合う!!!
そして世界は、白い闇に包まれた――――――
光が、消えた。
視界を取り戻した雄真、そしてクラスの面々は、まず目に入ってきた光景に絶句する。
教室は、見るも無残に荒れ果てていた。
机や椅子といった備品は原形を留めず焼け爛れ、床、天井、壁は、あまりの閃光に一瞬にして日焼けしてしまっている。
……そしてなにより、生徒達の目を釘付けにしたものがあった。
「うふふふふ。わたしの邪魔をするからこうなるのよ」
「ゆ、雄真…殿ぉ……に、逃げろぉ……」
光の爆心地では、魔法服を着た春姫が信哉の首を絞め、片手で持ち上げていた。
いったいあの細腕のどこにそれほどの力があるのか、彼女はまるでゴミを放るように一八〇センチの信哉の体を投げ捨てる。
「ひっ……!」
信哉の体は、奇しくも雄真の足元に放られた。
自分を守るために犠牲となったクラスメイトの無残な姿を前に、雄真は悲鳴をあげる。
「……これでもまだ、わたしの邪魔をする気の人、いるかな?」
教師を含めた教室にいる面々が、二人を除いて首を横に振る。
首を横に振らなかったひとり……上条沙耶は、兄の変わり果てた姿へと駆け寄った。
「兄様! しっかりしてください兄様!」
しかし妹の必死の声も、今の信哉には届かない。
そして今や守ってくれる者など誰一人おらず、また相手との実力差明らかな雄真は、絶体絶命のピンチにあった。
「さあ、雄真君。ソプラノを渡して」
いたって優しい声音で、春姫は雄真に語り掛ける。
だが手にしたパエリアは黒い光を放ったままだ。
「春姫……」
もはや打つ手はない。
今の暴走状態の春姫では、御薙先生と小雪先輩、伊吹が三人がかりで仕掛けても、傷ひとつ負わせることすら出来ないだろう。そして自分の実力は普段の彼女にも及ばない。完全な詰めだ。
このまま、おとなしく彼女の言葉に従ってソプラノを引き渡すしかないのか……
(……小日向雄真。馬鹿か、お前は)
一瞬とはいえ浮かんできた考えに、自分で自分に怒りが湧く。
小日向雄真、お前は忘れたわけではないだろう。
“物”でしかない彼女。
“物”でしかないはずの彼女。
けれど、確かに心を持った、生きた存在である彼女。
自分に安らぎをくれ、自分に優しい時間をくれ、自分を幸せな気持ちにしれくれた。
そんな彼女に、自分も何かしてやりたいと。
そんな彼女が頼れるような男に、なりたいと。
そう、強く思い、そんな理想の自分を、強く願ったのではなかったか?
彼女を守れる男になりたいと、思ったのではなかったか……?
(信哉……)
チラリと、足元に倒れる友の横顔へと視線を這わす。
自分を守るために犠牲になった武士の手には、未だ木刀がしっかりと握られていた。
気を失ってなお、彼は自分を……大切なものを守ろうとしてくれているのだ。
ならば、今度は自分の番だ。
(男を見せろよ、小日向雄真!)
上条信哉は自分の大切な友のために戦った。
ならば自分も、自分のために倒れた彼の意思を、想いを守るために…そして、手の中にある大切な人を守るために、戦おう。
たとえそれが、勝ち目のない戦いだったとしても。
「ソプラノ……」
『雄真様……』
雄真はソプラノを強く握り締めた。
たったそれだけの行為で、雄真の思いはソプラノに伝わった。
二人の間に、もはや言葉は不要だった。
(私もお手伝いします)
(頼む……)
人の身を持たないマジックワンド。
柔らかく温かい身体を持たないマジックワンド。
けれどそれだけに、心の深いところで繋がることが出来る。
雄真は、いつも春姫がそうしているようにソプラノを掲げた。その動きに不自然さはなく、華麗に舞うような姿は、一種の演舞のようですらあった。やり方は、ソプラノが教えてくれた。
(私の言う通りに、集中を)
(分かった)
今の自分に出来る、唯一の魔法。
魔法を少しでもかじった者になら、いとも容易く出来てしまうような初歩の魔法。
雄真はそれに自分の想いのすべてを乗せて、ソプラノとともに調べを奏でる。
「エル・アムダルト・リ・エルス・ディ・ルテ……」
「……ふ〜ん。あくまでもソプラノを守る気なんだ」
春姫の顔に、狂気の笑みが広がる。
「じゃあ、雄真君も一緒にソプラノと消し飛ばしてあげる。好きな娘と一緒に死ねる……雄真君も嬉しいでしょ? 喜んでくれるよね? わたしは雄真君のことが好きだから、雄真君の望む通りの死をプレゼントしてあげる」
六月に現れたサンタクロースは、手にしたマジックワンドをゆっくりと掲げる。
そして彼女もまた、魔法使いとしての自分の原点……その呪文を、詠唱する。
「エル・アムダルト・リ・エルス・ディ・ルテ……」
すべての原点。
すべての起源。
春姫は、黒く染まったパエリアに力を注ぎ、
雄真は、ソプラノとともに旋律を奏でる。
そして呪文は、同時に帰結する。
『……エル・アダファルス!!!』
ソプラノから、終末の火が噴き出した。
パエリアから、地獄の硫黄が噴出した。
清浄なる炎と、邪悪に染まった炎が、今、激突する。
ぶつかり合う炎が押しつ押されつで拮抗し、教室の気温を一気に何十度も跳ね上げる。
「くぅ……ッ!」
熱い。
身体がとてつもなく熱い。
けれど、集中を解くわけにはいかない。
技術で劣る自分が春姫と拮抗していられるのは、自分の中にある膨大な魔力のおかげだ。
その制御のための集中を、今解くわけにはいかない。
熱と焦燥にかられる雄真の心に、不意に温かいものが触れた。
『大丈夫です。雄真様…』
「そ、ソプラノ……」
『あなたはひとりで戦っているのではありません。私を…私を信じてください』
ソプラノの優しい光に心を包まれながら、雄真はこくりと頷く。
自分は大丈夫だ。
なぜなら自分の傍には、世界でいちばんの女が……自分の大切な、唯一無二のパートナーがいるのだから。
そして雄真は、自分の中に眠る魔力の、最後の一滴まで搾り出す――――――!
「エル・アムダルト・リ・エルス・ディ・ルテ・カル・ア・ラト・リアラ……」
自分は一人じゃない……その安心感が、そのことの幸せが、雄真の中で荒れ狂う魔力を、ひとつの形へと集束させる。
さらなる魔力を注がれた清浄なる炎が光を放ち、膨張し、最後の一言を待ち侘びて、世界を真っ白に染め上げていく。
「……カルティエ!!!」
最後のキーワードが、紡がれた。
「ッ!? この魔法は――――――!!?」
知らない魔法だった。
“あの日”出会った彼のようになりたいと、必死に独学で魔法の勉強をしてきた彼女をして、まったく知らない、未知の魔法。
だがそれは当然だった。
なぜなら今、雄真が放とうとしている魔法は、かつて多くの魔法使いがやろうとし、ことごとく失敗してきた、『Class』などというカテゴリーでまとめることなどおこがましい、神の領域の魔法だったのだから――――――
それはすべての母にして父なる炎。
この世界のありとあらゆる万物を生み落とした、宇宙開闢の大爆発。
小さな小さな爆発が、
大きな大きなエネルギーを持った爆発が、
今、春姫の心の闇を切り拓き、新たなる世界をこの惑星の上に生み出す!
炎が、世界を飲み込んだ。
ここのところ晴れの日が続いていたものだから、てっきり梅雨は明けたのだと思った矢先、六月の最終日に雨が降ってきた。
眼下の校庭が徐々にぬかるんでいくのを眺めながら、一人…いや、二人きりの教室で、雄真は傍らの恋人に問う。
「雨か……そういやソプラノは雨、嫌いなのか?」
『いいえ、特に嫌いというわけではありませんが……何故ですか?』
突然の雄真の質問に、ソプラノが不思議そうに問い返す。
雄真は、窓の外の雨を見ながらふと思い至った事を話した。
「いやさ、雨の日って湿気が溜まって、ソプラノ達には辛いんじゃないかって。特に、ソプラノの場合は」
トランペットを元に生み出されたソプラノは、いわば生きた楽器だ。楽器にとって高い湿度というのは天敵ではないだろうか……雄真は、そう思ったのである。
得心したソプラノは『ああ、そういうことですか』と、応じてから、
『確かに辛いは辛いですね。人間の感覚で言うと、服が汗でべっとり纏わりつく感じで』
「ああ、やっぱり」
雄真は窓の外から視線をソプラノに戻すと、
「じゃあ、今日の手入れは特に入念にしてやらないとな」
『……雄真様、言い方がいやらしいです』
わきわきと指を動かしながら言う雄真に、ソプラノが苦笑する。
最近ではソプラノの毎日の日課……彼女の手入れはもっぱら雄真がやっている。最初は慣れない作業で、入念にすると一時間もかかることもあったが、最近は手馴れたもので、恋人の身体は毎日綺麗に保たれていた。
「そりゃ、な。ソプラノのあんなところやこんなところを手入れしてやるわけだし」
『ゆ、雄真様! こ、こんな場所でなんてことを言うんですか!』
人間であれば顔を真っ赤にしていたであろう慌てようで、ソプラノが言う。
マジックワンドの手入れをするということは、人間で例えれば風呂場で背中を流してやるようなものだ。当然相手は裸であり、女のソプラノからすれば今の雄真の発言は顔から火が出るほどに恥ずかしい。
一日の授業工程が全て終了し、教室に居るのは雄真とソプラノの二人だけとはいえ、時間的に校舎にはまだ人がいる。いつ、誰かが教室の前を通ってくるか分からない。ソプラノは気が気でなかった。
「あはは! 今のソプラノの慌てよう、可愛かったぜ」
『も、もう! 雄真様ったら…』
さすがにいじめすぎたのか、ソプラノはそれっきり黙って何も言わなくなる。どうやら拗ねてしまったらしい。普段はお姉さんのようなソプラノだが、こんなときはまるで自分よりも年下を相手にしているように感じてしまう。
「悪い悪い。つい、ソプラノが可愛すぎたもんだからさ。からかいたくなった」
『…………』
返事はない。
どうやら本格的に機嫌を損ねてしまったらしい。
慌てた雄真は何とか彼女の口を開かせようと、話題を最初に戻す。
「そ、それでさっきの話だけどさ……」
『……』
「ソプラノは雨は嫌いじゃないって言ったけど、じゃあ、雨、好きなのか?」
『……好きですよ』
しばしの沈黙の後、ソプラノは答えてくれた。
雄真は内心ほっと安堵の息をつきながら、「え? 何でなんだ?」と、訊ねた。
ソプラノは雄真の問いに即答した。
『だって雨の日は、雄真様と一緒にいられる時間が多くできますから』
「ソプラノ……」
楽しそうに言うソプラノの歌声。
あまりにも素直に告げられたその言葉に、雄真はまたも慌ててしまう。今度は別の、まったく違った意味で。
顔を真っ赤にしながら雄真は、自分の心臓が徐々に高鳴っていくのを感じた。嬉しさのあまり、自然に口元がにやけそうになってしまう。
「ソプラノ……!」
雄真はほぼ衝動的にソプラノを抱きしめた。
マジックワンドの恋人は、愛する男の両腕にすっぽりと包まれる。
その触り心地は冷たい金属の感触だったけれど……
人間のように温かくも柔らかくもなかったけれど……
雄真は、ソプラノの“心”の温もりを確かに感じた。
『雄真様は……雄真は今、幸せですか?』
「……幸せだよ。とても」
愛しい人が、傍にいるのだから……
校舎の壁一枚を隔てて、外では雨が相変わらずの猛威を振るっている。
雄真は、雨の音が自分の心臓の鼓動を掻き消してくれればいいのに……なんて、都合の良いことを考えながら、雄真はソプラノの“心”を感じ続けた。
……以上、「幸せの音色」でした。
「はぴねす!」を題材にして今やりたいことを全部詰め込んだ結果が、このトンデモ・ストーリーです。
しかし、書いている自分が言うのもなんだけど、何だろう? これ。
とりあえず
何にも言わず半日近くあけるのはどうかと思うよ?
内容は途中話が飛びすぎ
作者の脳内突っ走り系は見ててイタタタタタ
しかしラッパ萌えか。さすがの俺もそこまで考えなかったぜw
>>137乙!
色々詰め込んでいますって感じがひしひしと伝わってくるけど、
ネタを繋げただけでストーリー全体の流れを考えてないように感じる。
文体は軽快で気持ちよく読めるんだが。
でも投稿乙。
これを書き上げた根性に敬意を表してGJ
大人になってから読み直せば黒歴史化する予感w
なんにせよお疲れさん。
お…乙
春姫が「それなんてコトノハサマ?」状態になってるしw
卒業シーズンということで書いてみました。
例によってえちはないです。ごめんなさい。
梓乃√アフター、約一年後を想定しています。
主人公は鷹月殿子。彼女なりの決着と卒業がテーマです。
文中で引用されている曲を聴いてるうちに浮かんできました。
ご存知の方はBGMにしつつ読んで頂ければ幸いです。
「Fly Me」
そしていつか僕は君を
想い想い続けているよ
愛してます 大好きです
きっときっと 夢じゃないよね
――つじあやの「月が泣いてる」
気づいたときは、いつだって遅すぎる。
自分は、昔からそうだった。
……鷹月の名に何の意味も無くなってしまえば、私は鷹月殿子でいられる。
そう気づいたとき、すでにそれを話し合うべき父母は会話出来る状態ではなかった。
いや、父母がそうなったからこそ、自分はそれに気づいたといって良い。
あくまで偶然の産物。だがそれゆえにこそ、残酷なまでに自身を再認識させられた。
自分に与えられた罪と罰。
正確に言えば、それは罪ではない。そもそも誰のせいでもない。
だが限りなく罪に近く苦いものと、殿子は認識している。
思えば皮肉なものだった。
二人が元気で話していたときは、親と思えたことなど無かったのに。
こうなって初めて、父母を愛しいと思えるなんて。
不本意と駄々をこねる暇もなく委ねられた力。
殿子はそれを、自分と父母を守るためだけに使った。
今までのモラトリアムが何だったのか、と周辺に思わせた電光石火の早業だった。
グループ全体の舵取りは重役の取締役会にゆだね、同族経営から半ば強引に脱却させた。
当然、親戚一同からはブーイングの嵐だったが、父母が所有していた実権をあらかた手放すことで、
いまだ寝たきりの二人の一生を保つ資産と、殿子自身の自由は保持することが出来た。
今も最高の治療を受けているとはいえ、今後、父母が快癒することは二度と無いかもしれない。
しかし、少なくともそれを背負うのは自分の役目だと殿子は思っていた。
治療とリハビリ、双方の設備が整ったアメリカの病院。
父母を連れて行こうと思ったのは、親戚一同の干渉を避けるためでもある。
競争を降りた存在として忘れ去られること。殿子はそれしか望まない。
約一年学院に残った結果として、殿子自身はMITに迎えてもらえることになったので、生きていくのに支障はない。
司に勧められて取り組んでみた数学の世界で、好きなように泳げる自分を発見できたから。
だから、学院を冬のうちに去るのには。
何も問題はない、筈だった。
「……決めたのか」
「うん。週末の便で向こうに行く」
「卒業式まで、待っても良かったろうに」
「みやびが知ったら、騒がしくなりそうだから、今のうち」
「盛大に送り出してやりたいけどなあ、僕は。理事長や梓乃もそうだと思うけど」
今日は一月の外出日。梓乃は祖父母のところに行っていた。
彼女に反対されるのを見越して、居ないときに来たのだろうか、と司は思った。
「嬉しいけど、もう父母が向こうの病院に居るし」
「……そうか。それなら金曜にでも、内輪だけで」
「うん。ありがとう」
「いつでも、僕は殿子の家族だからな」
その言葉に、殿子の表情が変わった。
「……私は、いつから司をお父さん、って呼ばなくなったんだろう」
声のトーンが一段低くなったのに、司も気づく。
「殿子?」
ひび割れていく、その声は。
「いつから、私は気づいてたんだろう」
「……気づくって……何を?」
「いつから……あのころの梓乃の気持ちが、解るようになったんだろう」
「……殿子」
「私には確かに父母がいて。そんなことに今更気づいて。
そんな娘だから……自分の嘘に気づくにも、丸一年かかって」
「お前は……僕は」
「いいの、司。返事はいらない。私はとっくに、理解していたのだから。
だけど、それでも。私があの時求めた家族は、貴方だけだったから」
そう。理解している。だのに何故、自分はこんな血を吐くような声で。
「だから、今だけ。もう一度だけ、いい?」
こんなに声を振り絞って、感情を高ぶらせて。
「……おとうさん」
そう彼を呼んで、顔を伏せたまま胸の中に飛び込んできた殿子を。
何も言えずに、司はただ抱きしめた。
――そう。気づいたときは、いつだって遅すぎるのだ。
一年遅れで、気づいてしまったこの感情は。
もう、どこにも連れて行けないのだから。
さようなら手を振って
また歩き出せる
悲しみは穏やかに
冬の空に澄み渡ってゆく
顔を司の胸に埋めたまま、殿子は低い声でゆっくりと、彼女が言うべき事を伝えた。
「今、私が貴方の近くにいると、梓乃の心を乱すと思う。余計な負担を彼女に与えたくない」
「そんなことがあるもんか」
「理性で解っていても、感情が思うままにならないのは、貴方たちはさんざん味わってきたと思う」
「だが――だからって」
「納得してくれると嬉しい。司と梓乃の親友でいるために、私が選んだことだから」
「……殿子が、選んだ、か」
今まで、選ぶ事を拒否してきた彼女が。前に進むために。
「そう。私の意思で」
――ふう、と司は長く息をついた。
「……なら、とうさんとしては、可愛い娘の意思を尊重するべきだろうな」
「……ありがとう、おとうさん」
まだ震える声で礼を言ったあと。
殿子は顔を上げてもう一度、今度ははっきりと、笑顔で告げた。
「……ありがとう、司」
彼女の眼に、涙は無かった。
愛しい人 切ない人
心まで奪っておくれ
夜を過ぎて 朝になっても
月が泣いてる
「殿子が来てたよ。週末、向こうに行くそうだ」
「……知っておりました。昨日、電話がありましたから」
「え?じゃあ今日はわざと外出してたのか?」
「ええ。たとえ何があってもわたくしは、今日だけは何も知らないふりをしようと思っておりました」
「何があっても、って……」
「でも、殿ちゃんは最後まで殿ちゃんだったようですね」
「ああ。無論、何もやましいことなど無かったぞ」
「本当に?殿ちゃんの思いをいいことに、貴方から何か破廉恥な行為をしませんでした?」
「お前、それはあまりにも婚約者を信じてないんじゃないか……?」
「ええ。殿ちゃんほどには、まだ」
「……まあ、今日はともかく、前に頬にキスしたことはあったけど……ってちょっと待て!その縄はなんだ!」
「裏切り者不埒者変質者!貴方なんか大っ嫌いです!」
「待て絞めるなあれはあくまで親子のっスキンシップの一環っ……きゅう」
呼吸が怪しくなってきた司の首から縄をさっと解くと、梓乃は大きな溜息をついた。
「……はあ、判ってますよ、あなた。そんなことより」
司がそちらに向き直ると、彼女の眼にはもう涙が浮かんでいた。
「殿ちゃんは、やっぱり行ってしまうのですね。わたくし……わたくしは……」
「……みんな、自分の道を選ぶときがくる。しのが去年の春だったなら、殿子は今だった。そういうことだろ」
「殿ちゃんの判断はいつだって正しいですわ。……ですけど、ですけどっ!」
「……梓乃」
「解っていたってっ!この感情を抑えられるわけが……ないじゃないですかっ……!」
司の胸で、彼女もまた泣きじゃくった。
「うわああああああんっ……」
「……僕らは笑って、殿子を送り出してやろう。また会ったときに、いつも通り笑い合えるように」
梓乃をぎゅっ、と抱きしめながら、司もまた、泣けてきそうだった。
――殿子、お前はいつだって、強くあろうとしすぎるよ。
あんなときですら、お前は泣かないんだから。
お前も、泣きたい時には、泣いていいんだぞ――
優しい人 可愛い人
心から笑っておくれ
雨が降って 風が吹いても
恋に落ちてく
見送りは予想通りの愁嘆場だったけれど。
際限なく泣いている梓乃をなだめているうちに、殿子はかえって冷静になってしまった。
みやびや鏡花たちと握手を交し、最後にもう一度梓乃を抱きしめてから別れを告げる。
それでも、結局司を真正面から見るのは避けてしまった。
彼の眼も、確かに潤んでいたのに気づいてしまったから。
ここで眼を合わせてしまったら、冷静でいられる自信は無かった。
だから、痛くなるほど手を振って、二人がもう見えない場所まで来たとき。
通路に立ち止まって、一度だけ下を向いて長い息をついた。
どこかに、ほっとしている自分がいた。
わずかな間、そうしていた後。
殿子は顔を上げて、後を振り向かず搭乗口に向かう。
自分は、大丈夫。このまま、歩き出せる。
その瞬間は、確かに思っていた――否、思おうとしていた。
夜の機内は静まり返っていた。
窓の外では、月明かりが流れる雲海を照らしている。
周りの乗客はほとんどが眠っていたが、殿子は目が冴えてしまっていた。
気分転換に音楽のチャンネルを変える。
「あ……」
――ヘッドホンから聴こえてきたのは、耳慣れた曲だった。
柔らかに耳へと流れ込んでくる、その歌は。
「Fly me to the moon」。
Poets often use many words to say a simple thing.
(簡単なことを伝えるために、詩人はたくさんの言葉を使う)
It takes thought and time and rhyme to make a poem sing.
(そして詩を囁くために熟考して、時間をかけ音を紡ぐ)
With music and words I've been playing.
(音楽と言葉で私は詩を奏でよう)
For you I have written a song
(貴方のために私は一曲の歌を書いた)
To be sure that you'll know what I'm saying,
(私が言いたいことを解ってくれると信じている)
I'll translate as I go along.
(歌いながら想いを伝えて行こう)
殿子は流れる曲に合わせ、そっと歌を紡ぎ囁く。
Fly me to the moon
(ねぇ 私を月へ連れてって)
And let me play among the stars
(星々の間で歌わせて)
Let me see what spring is like on Jupiter and Mars
(木星や火星の春がどんな様子か私に見せて)
In other words, hold my hand
(私の手をつないで欲しいから)
In other words, darling kiss me
(私にキスして欲しいから)
歌ううちに、彼女は自分の声が震えていることに気づいて。
Fill my heart with song
(私の心を歌でいっぱいにして)
And let me sing for ever more
(ずっと ずっと歌わせて)
You are all I long for
(貴方は私が想い焦がれていた全て)
All I worship and adore
(尊敬と賞賛の全てを捧げられるのは貴方だけ)
そして、彼女は。
In other words, please be true
(私にとっての真実でいて欲しいから)
最後のセンテンスだけは、日本語で呟いた。
In other words, I love you
(私は貴方を――愛しているから)
「貴方を――愛していました」
いつの間にか、涙が溢れていた。
流れる涙を拭うこともせず、殿子は声を殺して泣いた。
そしていつも、私は貴方を。
想い続けていました。
愛していました。
大好きでした。
それはきっと。
夢じゃなかったよね。
あくまで静かに、一人だけで耐えて。
彼女は、嗚咽し続けた。
やがて。泣き疲れた彼女は思う。
……眠ろう。
彼女を月に連れて行くのは
彼女自身なのだから。
だから、今は。今だけは。
彼の記憶を抱いて眠ろう。
そして、次に眼を覚ましたとき。
この涙は、夢の中に置いて行こう。
現実の自分が前を向いて、歩き出せるように。
次に二人に会ったとき、心から笑えるように。
眠る。
――少女は、雲海を翔ける翼に抱かれて眠る。
月の光は、あくまでも優しく、彼女を照らす――
「Fly Me」end.
>>145-156でよろ。
私なりに、殿子が自分の力で前に進んでいく姿を想像してみたらこんな感じになりました。
イメージと違うと思った方にはごめんなさい。紅茶奴隷でした。
過去作置き場もお暇な時に見て頂ければ幸いです。ではでは。
捧げられたから来たけど、まいったな。
こんなの読んじゃったら殿子以外選べなくなりそうだよ・・・
>>157ありがとうございます。
>>158良かったら。
ttp://atslave.at.webry.info/
thx、覗いてきまーす。
保管サイトがなくなってるのだが、どこにいったの?
http://yellow.ribbon.to/~savess/
単に中の人が忙しくて更新してないだけではないの?#11消化したのは最近だし。
いや、正直SSスレ程度の更新なら忙しいとか関係ないんだけどな
スレが出来た頃ならまだしも、1週間に1作品なんて状況なら特に
>>161
今行ったら普通に行けた件
>>163
なら、君が頼む。
新しく作ってくれ。
>>165
悪いが俺は他板でSSまとめ作ってる上に、他にもまとめサイト運営してるから無理だ
まあ逆に同じようなまとめ作ってる身だから忙しい程度で更新できないはずはないというのがわかるんだが
まあ大抵は面倒臭くなって放置、が定番なんだよね。
本当に忙しいだけなら、サイトかスレにでも一言書くだけで済むんだし。
理由はどうであれ、滞ってるだけなら滞ってる、辞めるなら辞めると
ハッキリ書くのが運営者の最低限の責任だと思うが。
さて、そのまとめサイトの管理人なわけですが
諸事情があってまともにネット環境が無い所に住まなくっちゃならない
って状況になってるんで頻繁に更新できない状況にあります。
今もPDAで打ってる状況だし。
って、前かその前のスレで言ってたけど、覚えてる人はいないか
まあ、めんどくさくなって放置してないかって言われりゃそういう
部分もあるわけで、引き継いでくれるひとがいるならいつでも譲ります。
まあ、誠意が無いとかなんとか言いたい気持ちもわからんでもないけど、気長に
待つか、さもなきゃ自分が動いてください。
しかしまー、SS以外でこーゆー話題が出たのは、覚えてる限り初めてだな
それなりにスレの人口が増えたって事なんかねぇ
PDAで書き込める状況ならなんで叩かれるまで出てこないんだろうね、こういう人は
>>168
名乗りを上げたいところだが、
二個ほどまとめサイトやってるし、これ以上は無理だな…
>>168様、ご苦労様です。
私は気長に待つことにします。
自分も複数のサイトを抱えているのでお手伝いはできませんが
新規の方や単発の方のためにもまとめサイトは有用だと思いますし。
んじゃ、本家の補完サイトでも立ち上げておこうか?
まぁ、とりあえず。
ttp://satellite.zive.net/~sss/index.html
IP変わりまくりの自宅鯖なんで、繋がりにくいのは勘弁な。
>>173乙ですー。
>>173乙〜
今温泉の話の軽いifシナリオ書いてます(4レス程度の短いヤツ)
気が向いたときうpしますんでよろしく〜ノシ
保管サイト見れなくないですか?
補完サイトの方だったら仕様です。
……いや、酷い時は1分単位でコロコロとIPアドレスが変わるもんで
DDNSの情報更新しても、それが広まる頃には既に別のIPに変わっているという罠。
そしてプロバイダは固定IPサービスを提供していないという罠。
保管の方だったら、普通に見られましたが。
保守age
(元ネタはこちら→ttp://yellow.ribbon.to/~savess/20060630/hap4.html)
「『春姫……ここじゃ少し騒がしいだろ? 俺と2人で、どこか静かな所に行かないかい?』」
「『うん、雄真くん……ここじゃいろいろと不便だから……ね』」
湯船の中こちらに背を向けながら、ここぞとばかりに寸劇を繰り広げる柊と準。
……しかしまぁ、自覚してんだかしてないんだか……
俺の目の前には、ぷりぷりとうまそうに育った柊のお尻が……
「……」
正直、俺も男だ。
柊のヤツも性格はどうあれ、容姿だけ見れば春姫にも負けず劣らずいいものを持ってやがる。
そのかわいい柊のお尻が、ああも無防備にふりふり目の前に突き出されてるんだ。
さすがの俺も、ムラッと来るなってのが無理な話っつーか……
そうやってぼーっと眺めてるうちに、俺の中に邪な思いがじわじわと広がってゆくのがわかる。
(……もしも……よ)
もしも今、自分のケツが俺に見られたい放題見られてるって気づいたら、
こいつ一体どんな顔するんだろうな……
そう思うと、抑えていた俺のいたずら心がふつふつと沸き上がってくるのがわかった。
「……なぁ、柊」
はやる心を抑えつつ、俺はあくまで平静を装い柊に問いかける。
「何? 雄真」
まさに無自覚そのものといった顔で、首だけこちらを向け答える柊。
まったく……なーんも気づいてないって顔しやがって。
高まる高揚感に顔を紅潮させつつ、俺はぼそっと柊につぶやきかけた。
「あまり貧相なケツこっちに向けるな。心が貧しくなる」
「え……」
その言葉で、ようやく気づいたらしい。
自分の背中と俺の視線の先を、変わりばんこに見つめて……
「〜〜〜っっ!!!!」
まさに理想の反応だった。
無自覚そのものだった柊の顔が、みるみるうちに真っ赤に染め上がり……
「エルートラス・レオラーーーーーっっっ!!!!!」
ずがしゃあああああああああああん!!!!!
「べぽらっ!?」
刹那、俺は鳥になった。
濡れ雑巾の如くぼろぼろになりながら、無残に岩肌に打ち付けられる俺の哀しき肉体。
「うぅううううっ!!! 殺してやる!!!! 殺してやるぅううぅっ!!!!!」
「どうどう、杏璃ちゃん。抑えて抑えて」
「いやぁっ!!!! こいつだけは絶対許せないぃっ!!!!!」
大きな瞳から涙をぼろぼろこぼしつつ、どこからか呼び寄せたパエリアを握りしめる柊。
そんな柊を、準がまるで暴れ馬を押さえるが如くなだめにかかっている。
「こ……これが……Class Bの真の実力……ぐふっ」
対する俺は、全身強烈な打撃を喰らい言葉も出ない。
つかまじ……強すぎ。
こうなることはある程度予測してたとはいえ、この威力だけはさすがに予想外だ。
「一体何? 今の騒ぎ……あっ」
おりしも向こうの湯船につかっていた春姫が、ソプラノを片手に駆けつけてきた。
そこで岩肌にもたれぐったりしてる俺を見つけ、にわかに色めきたつ春姫。
「……大丈夫? 雄真くん……」
「いや、俺は大丈夫だが……その……」
気まずさのあまり口ごもる俺を前に、春姫は目を細めにわかに熟考しだす。
「……この魔力の流れ……まさか杏璃ちゃん?」
さすがは瑞穂坂一の才媛と謳われた春姫。
魔力の残り香から一瞬にして術者を割り出すと、ソプラノを構え問い詰めに入り……
「これは一体どういうこと? 杏璃ちゃ……え?」
「ふえぇえええぇえええん!! 春姫ぃいぃっ!!!」
……問い詰めは、そこで終了した。
柊が泣きながら、春姫の胸の中へと飛び込んできたからだ。
「あ……杏璃ちゃん? どうしたの、いいから落ち着いて……」
「ぅぐぅぅっ……っふっ……ゅぅまが……ゆぅまがぁ……っ」
「ちょ、柊……」
い、いくら何でもこの場でその泣きつき方はあらぬ誤解を呼びやしませんか?
俺のこめかみに、つーっと嫌な汗がたどるのがわかる。
「杏璃ちゃん……まさか、雄真くんに……?」
「んふぅっ……んぐ……ひぐっ……ひどい……ひどいよぉ……ゆぅまぁ……っ」
「……どういうこと? 雄真くん……」
俺を見据える春姫の視線が、徐々に鋭さを増してくるのがわかる。
違う!! 違うんだぁっ!!!
言葉を紡ごうとしても、彼女のその凍てつかさんばかりの視線に一言も言葉が出せず……
「雄真……いくら若気の至りだからって、彼女の親友泣かしちゃうのはさすがにどうよ?」
「かわいそうな柊さん……ずっと信じていた男の人に、急に手のひらを返されて……」
横からからかい半分に、俺のことをはやしたて始める準と小雪さん。
「い……今……その手の冗談はキツイって……」
. . . ..
「小日向くん」
「ひぃぃっ!!!!」
刹那、時は止まった。
この世の何事をも許容しない、春姫の冷たい怒りの表情。
心をえぐる氷柱の如き春姫の視線に、俺の心の大動脈がきゅっと締めあがるのがわかる。
「……これは後でゆっくり話を聞かせてもらう必要がありそうね……
あとで私の部屋へ来て、小日向くん。ふたりでじっくり話し合いましょう」
「はは……春姫……」
こいつは多分、俺が泣くまで許してもらえないだろうな……
俺は乾いた笑みを浮かべつつ、二度と柊のことをからかうのはやめにしようと心に誓うのだった。
(おしまい)
・・・またお尻かなんてツッコまんといて下さいorz
ほら、好きこそものの上手なれって言うじゃん! ね?
今んトコまだまだはぴねす関連で書きたいもの山ほどあるんだけどね・・・
今現在アイデアとして浮かんでるだけでも↓
・ぱちねす準ルートED前夜、UMAと結ばれた後の準の気持ちをモノローグ形式で綴る「はじめてのチュウ」
・無印杏璃ルートTrueEDの翌朝のいちゃつきぶりを綴る短編SS「スイミン不足」
・りら春姫ルートの途中、春姫が杏璃に受けたおっぱいチェックの全貌を明かす
「杏璃の抜き打ちおっぱいチェック」(乳愛撫程度の軽いレズ描写あり)
・杏璃ルートで魔法実習後のシャワールームを舞台に、自分の胸のおっきさに悩む杏璃の乳を
春姫が揉んでおっきくさせちゃうお話(ひとつ上の話の攻守交替版)
・無印春姫ルート、UMAと春姫の交際宣言を受けハチの複雑な胸の内を綴るお話
・↑そんなハチにも救いの手を!
ツンとデレ、2種類のオリジナルヒロインとハチとの恋愛模様を描くお話
こんだけある・・・orz
特に下2つは需要なさそうだけど、個人的にはすごく書きたくてしょうがない状況・・・
次回何を書くかは未定だけど、まぁまったり待ってて下さいませノシ
>179-183
GJ!
はじめてのチュウwktk
はぴれずwktk
取りあえずキャベツはどうした?と言っておく。
そういえばキャベツはなんかのゲームで作画の崩れの代表例として出てたな
違った。なんかの雑誌だった
>>187
すももルートTrueED後のふたりの恋の成長ぶりをUMAの料理の腕になぞらえて書く
「お料理行進曲」ってのもいいかも知れんw
つか何かの歌に合わせてお話書くってのがやりたいなぁって思ってて。
「はじめての・・・」ならみんな知ってるし、俺も好きな曲だしちょうどいいかな?って思ってます。
曲名で行くならYAWARA!とか良いかも知れぬ。
「笑顔を探して」で準の話とか読みたいかも。
温泉の人様、投稿乙です。
……この後、浮気する気も起きなくなる位搾り取られる(何を?)のだろうか?
自分も久し振りに投下します。
祝! 殿子一位!
「――今週の予定は以上です」
「わかった、御苦労。 ……しかし舞踏会か、面倒くさいなあ〜〜」
そう言うと、みやびは露骨に顔を顰める。
一方、司は『やっぱり上流階級って舞踏会やるんだ』と妙に感心していた。
「社交パーティーの招待状は今まで何件も来ましたけど、舞踏会なんて初めてですね?」
「まったく、今時舞踏会なんてものを催す神経が理解できん。時代錯誤もいいところだ……」
どうせなら舞踏会じゃなくて武闘会でもやればいいのに、とぼやくみやび。
「時代錯誤? そうなんですか?」
司は首を捻る。
結構イメージ的にはやってそうなのだが……
「そんな訳ないだろう? お前は漫画やテレビの見過ぎだ」
そりゃあ社交パーティーでだって踊る場合もままあるが、だいたいは大人の話――コネ作りや商談等――で忙しく、踊っている暇などない。
一応、礼儀作法の一環として身につけるが、滅多に披露する機会の無いもの。それが舞踏なのだ。
(あくまでも舞踏であって武闘ではない。念のため)
「あ〜あ、面倒臭いな〜 さぼっちゃおうかな〜 そうだそうしよう〜〜
――という訳で司〜 適当にさぼる言い訳考えといて〜〜」
「駄目ですよ、理事長。経営者たる者、顔繋ぎは必須です」
「お嬢様、司様の仰る通りですよ。これも仕事の内です」
「けど、嫌なものは嫌」
司とリーダが二人がかりで説得するが、みやびはソファに寝っ転がるとぷいっと横を向いてしまう。
「うっわー、相変わらず直球ですねー」
「お前相手に、言葉を飾っても仕方なかろう」
「さいですか。 ……しかし、なんでそんなに嫌がるんです?」
みやびとて経営者の端くれだ。分校内でこそ傍若無人だが、対外的には巨大な猫を被って振る舞っている。
故に、口では嫌々言いながらも、司の知る限り今までこういった招待を断ったことなど一度もない。なのに何故……
「あたしはもてるからな。きっと踊りの相手を断るので大変だ」
「(´,_ゝ`)プッ」
「お、お前……今、鼻で笑ったな!? それにその笑い、なんか凄く腹が立つぞっ!!」
「いやいやいや、良いのですよ理事長。無理はなさらなくても」
司はニヤニヤと笑いながら、みやびの頭をポンポンと叩く。
「さてはお前信じてないな! 本当だぞ! 本当にあたしは社交界の華だったんだっ!!」
「ははは、冗談は身長だけにして下さい、理事長」
「身長は関係ないだろうがっ!? 身長はっ!!」
「ありますよ、大いに。 ……だって踊る時に余りに身長差があったら、ねえ?
ああ、社交界デビューしたばかりの『お子様』と踊るのですね。なら納得です」
「ちがうぞっ!? あたしはダンディなおじ様方から美青年まで選り取りみどりだったんだからな! 本当だぞっ!!」
「ええ、ええ、そうでしょうともそうでしょうとも。信じていますよ」
司は生暖かい目でみやびを見ると、そっとハンカチで目元を拭く。
そうだ、現実はこんなに辛いのだ。だから夢を見るの位はいいじゃあないか。
「可哀想な人を見るような目で、あたしを見るな〜〜〜っ!!」
…………
…………
…………
「はあ、はあ。 ……いいだろう。その舞踏会とやらに出席してやろうじゃないか。あたしがどんなにモテるか、お前に見せてやる」
「はいはい。ええっと、風祭みやびは出席します……と」
司はリーダに軽くサムズアップをしつつ出席の返事を書き、リーダも苦笑しつつもそれに応じる。
「じゃ、がんばって下さいね」
「……何を他人事みたいに言ってるんだ? お前も一緒に来るんだぞ?」
司の生返事に対し、何のために行くと思ってるんだ、とみやび。
「……僕は招待されてませんよ?」
「安心しろ。招待状では同伴者を一人伴えることになっている。お前を選んでやるから光栄に思え。そして、あたしがモテる光景をその目に焼き付けろっ!!」
「わー、とっても楽しそうですねー」
司は棒読みで応じる。
「けど残念っ! 僕は仕事があるんで無理ですっ!!」
「そんなもの、他のヤツにやらせろ。あたしが許す」
「え゛…… でもほら、授業とかもあるし……」
「その日くらい、自習でいいだろう?」
「う〜〜ん」
「多分、豪勢な料理も出るぞ?」
「でもなあ〜、ゴンザレスとも遊んでやらなければいけないし、他にも……」
何やら色々と理由を並べていく司。
そんな司にみやびは不審の目を向ける。
「……お前、もしかして無理に理由作ってサボろうとしてないか?」
「ギクッ!」
その如何にもな司の反応で、疑念は確信に変わった。
「はは〜ん。司、お前さては踊れないな?」
「ギクッ、ギクッ!」
「可哀想な司……きっとお前は壁の花だな…… ま、仮に踊れたとしても、お前を誘う様な物好きがいるとは思えんが」
「な、何を仰います理事長! こう見えても僕は『絢爛舞踏』『モテモテ司ちゃん』と御近所の奥様方にも評判なのですよ!?」
「は、は、は、寝言は寝て言え〜〜♪」
「むっき―― いいでしょう、理事長勝負です! どちらが舞踏会で注目を集めるかっ!!」
勝負と聞き、みやびは目を輝かせる。
「いいだろう受けて立つ! 後でほえ面かくなよ〜〜♪」
「くくく、負けたら耳でピーナッツを食べてもらいますからね」
「どこからそーいう発想が出てくるんだ…… まあいい、その代わりお前が負けたら一生只働きだぞ」
「ぐっ……」
「あ、あと『注目』って言っても、『笑いで注目を集める』とかは無しだからな?」
「ぐぐぐ……」
「……どうした? やっぱり止めるか? 今なら『みやびちゃんぷりちー』と相沢と仁礼の前で千回言ったら許してやる」
「僕に死ねとっ!?」
「さあ、どうする?」
「いっいいでしょう! その条件、飲みます! 飲んでやろうじゃあないですか!!」
「司さま……」
「ははは! リーダさんにも僕の勇姿を見せてあげましょうっ!!」
心配そうなリーダに、司は自身たっぷりに返す。何だが凄い自信である。
「おおっ! それもいいな! リーダも司の無様な姿を見て笑ってやれ!」
「成る程! リーダさんに理事長の泣きっ面を見せる訳ですね!」
ハハハ……
お互いの足を踏みつけながら馬鹿笑いする二人を、リーダは困ったような顔で見ることしかできなかった。
まあこうして、止せばいいのに互いの名誉を賭けた(らしい)戦いが舞踏会で繰り広げられることになった訳である。
……しかし、舞踏会に出ることになったはいいが、これでは本来の目的が果たせない様な気がするのは気のせいだろうか?
バタンッ!
理事長室を出て勢いよく扉を閉めると、司の顔は途端に引き攣る。
ザ――
顔面から血の気が引き顔面蒼白、汗もダクダクだ。
病気ではない……いや、まあこれも一種の病気のせいなのかもしれないが、体は至って健康である。
――不味い不味い不味い、不味過ぎる……
司は頭を抱え、その場にしゃがみ込む。
要は売り言葉に買い言葉、出来もしないことをその場の勢いで約束したことを後悔しているのだ。
――ええ、ええ、僕は踊れませんよ! ……なのになんであんな約束したんだよ今畜生っ!
激しく過去……というか10分程前の自分を呪うが、今更如何しようも無い。
全ては後の祭り、後悔先に立たず、覆水盆に反らずなのである。
……しかしいい加減、少しは学習して欲しいものだ。
司の脳内では、天使と悪魔――何故か天使が栖香で悪魔が美綺だ――が各々好き勝手に喋り捲っている。
『まったく! 司さんはどうしてそう毎回毎回、後先考えずに行動するのですかっ!?
今直ぐ戻って、勝負を取り消してきてくださいっ!』
と、天使(栖香ver.)がキツイ表情でキツイお言葉を下されば、
『センセはその場のノリで行動するからね〜〜 ま、約束したのなら仕方が無いんじゃないかな?』
と、悪魔(美綺ver.)が投げやり気味に、やはり何気にキツイお言葉を投げかける。
『負けたら一生、理事長の飼い犬ですよっ!?』
ガオーッと天使栖香は悪魔美綺に喰ってかかる。
が、悪魔美綺はあっけらかんとしたものだ。
『なら、勝てばいーんだよっ!』
『司さんは踊れないのですよ!? 勝つ所か、土俵にすら上がれないじゃあないですか!』
『練習すれば、大丈夫さっ!』
『はあっ!? そんな付け焼刃で踊れる様になる訳がないでしょう!』
『ああ、そんなの形だけ形だけ』